なぜそうなる!? 温故知新はどこに!? 失敗した「平成の名車の後継車」5選

 猛暑が続いている8月。実は平成最後の夏でございます。平成も30年が経ち、その間に生まれた名車は数知れず。

 そんな平成の名車たちの子孫たちがいまもモデルチェンジを重ね生きているものの、どう考えても「元祖」がよかったよねというクルマも多い。

 そんな失敗してしまった「平成生まれの名車の後継車たち」を5台、厳しくチェックしてもらいました。

文:渡辺陽一郎/写真:Boosterpackdepot編集部


■平成はセダンの名車も多く生まれたけれど……

 平成にはセダンの名車も多く生まれた。クルマの基本形であるセダンはラグジュアリーに、そしてスポーティに進化していった。

 しかしその跡継ぎとなる後継車たちは失敗してしまったものも多い。渡辺陽一郎氏に選んでもらった。

【セルシオ → レクサスLS】

 トヨタは1989年に、上級ブランドのレクサスを北米で発足させたが、日本の開業は2005年だ。

 従って1989年に発売された北米仕様の初代レクサスLSは、日本ではセルシオの車名で登場した。

海外メーカーを震撼させたともいわれる初代セルシオ。その心意気は現行レクサスLSで生かされているだろうか

 エンジンは新たに開発されたV型8気筒4Lで、モーターのように滑らかに吹き上がり、静粛性も抜群に優れていた。

 乗り心地はクラウンの快適性をさらに昇華させた印象で、それまでの高級車との違いに驚かされた。

 メルセデスベンツSクラスやEクラスに比べると、走行安定性は見劣りしたが、中低速域の乗り心地、静粛性、内装の質はセルシオが勝っていた。

 取り扱いディーラーは、クラウンを売るトヨタ店と、マークIIのトヨペット店だ。店舗数は今のレクサスよりも多く、地域を問わず購入しやすかった。

 この後も2000年に発売された3代目まで、セルシオは初代の持ち味を進化させた印象で、共感の得やすい高級セダンだった。全幅も3代目は1830mmに収まり、国内の道路や駐車場で使うことも考えていた。

 ところが日本でもレクサスLSとして売られるようになった4代目は、デザインが北米指向を強めて、トヨタ車らしさ、日本車らしさが薄れた。全幅は1875mmに拡大され、取りまわし性も悪化した。

初代セルシオの直系の子孫である現行型レクサスLS。安全性も高まったのだがその乗り味などは大きく変わってしまった

 さらに2017年に発売された現行LSは、全長が5235mm、全幅は1900mmと大柄で、先代型のユーザーからも「新型LSは車庫に入らず乗り替えられない」と苦情が出ている。

 V型6気筒3.5Lのツインターボは、スポーティ感覚を強調したためにノイズが大きい。乗り心地にも芯のある硬さが伴い、価格は最も安いLS500が980万円だ。セルシオに比べると、購入しにくいクルマとなった。

【日産セドリック/グロリア → フーガ】

 もともとセドリックは日産、グロリアは1966年に日産と合併したプリンスの商品だった。1971年に発売された230型から、基本部分を共通化する姉妹車になった。

 ライバル車のトヨタクラウンに比べて売れ行きは低調だが、全般的にスポーティ指向が強い。

「THE セダン」という印象だったセドリック/グロリア。写真のY31はタクシーとしても長年愛用されてきた名車だ

  1979年に発売された430型は、国産乗用車では最初のターボエンジンを搭載した(直列6気筒2LのL20ET型)。

 1987年発売のY31型は走りを磨き、スポーティなグランツーリスモを用意している。エンジンはV型6気筒2LツインカムターボのVG20DET型を筆頭に、高性能を誇った。走りの水準は当時の国産セダンの最高峰であった。

 水平基調の外観はシンプルで視覚的なバランスが良く、クラウンの後追いに見える豪華路線から脱却している。そこがアンチ・クラウン、アンチ・トヨタの日産ファンから歓迎された。

 しかし1991年のY32型、1995年のY33型は、再び迷走してクラウン的な方向へ向かった。

 それを1999年に発売されたY34型で再び修正して直線基調になり、安定性は不満だったが、デザインと動力性能は優れていた。

最初から北米志向だったフーガ。初代では途中から4.5LのV8を搭載するなどスポーツイメージを作ったもののかつてのセド/グロファンは離れた

 これがフーガに変わると、イニフィニティM35/M45の名称で海外でも販売され、北米指向を強めた。

 全高はセダンなのに1510mmと高く(現行センチュリーを5mm上まわる)、後席の居住性も快適だったが、硬さの目立つ乗り心地など日本のユーザーの好みからはずれていた。2009年に発売された2代目の現行フーガも、売れ行きは低調だ。

【トヨタマークII → マークX】

 トヨタは1955年に高級車の初代クラウン、1959年にはファミリー向けのコロナを発売した。

 この2車種を発展させる一方、1966年には初代カローラを投入して、多くの人達がクルマを所有できる時代を築いた。

 そして1968年に発売されたのが、コロナとクラウンの間に位置するコロナマークIIだ。

 当時のトヨタ車の顧客イメージは、最初はカローラを所有して、係長になって子供が生まれたらコロナ。課長に昇進したらコロナマークII、めでたく部長になったらクラウンという具合だ。

 当時は仕事で頑張って出世すると、その成功を愛車の購入で実感できた。良し悪しは別にして、ユーザーの満足度と購買意欲を高め、トヨタ車の好調な売れ行きに結び付いた。

「ツアラー」シリーズで走りのよさも実感させたマークII。ゆったりしつつも速いという快足セダンだった

 巧みな販売戦略だったが、ユーザーがそれで幸せを得たのだから、文句を言う筋合ではなかった。

 ところが1990年代に入ると、日本車メーカーは海外市場に力を入れ始める。トヨタもカローラに始まってクラウンで終わるような周到な販売戦略を立てられなくなった。今もそうだが、販売現場でも乗り替えのストーリーを組めない。

 その象徴が2004年に発売されたマークXだ。この時代にはミニバンが急増したから、セダンの価値を低重心で高剛性のボディに基づく優れた走行安定性と考え、マークXは足まわりを硬めに設定してスポーティに仕上げた。

 ねらいは悪くないが、初代マークXは乗り心地が粗く、内外装を含めて価値観が古く感じられた。プレミオ&アリオン(コロナ&カリーナの後継)/マークX/クラウンという繋がりが絶たれてしまった。

 2009年に発売された2代目は、初代の反省から足まわりを柔軟に動かしたが、デザインが古典的なオジサン風で受けない。

モデルライフの余命もあまり長くないといわれるマークX。FRスポーティセダンとして有終の美を飾れたのだろうか

 先代クラウンと違ってハイブリッドや2Lターボも搭載されず、トヨペット店の主力車種なのに、粗雑な扱いを受けた。

 これはトヨペット店の顧客を粗雑に扱うのと同じであった。

 ちなみにマークXは国内向けに開発されたセダンだから、やり方によっては「セダンの復権」の旗頭になり得る車種だったが、結局そうはならなかった。トヨタはマークII/マークXの流れをもっと大切にすべきだった。

■日本のお家芸のコンパクト&ミニバンの育成失敗は?

【ホンダストリーム → ジェイド】

 2000年に発売されたホンダストリームは、ワゴン風の3列シートミニバンだった。全高は1590mmと低めに設定され、ミニバンでありながら運転感覚が腰高にならない。

 直列4気筒1.7Lと2Lのエンジンも十分な動力性能を発揮して、峠道をスポーティに走れた。全幅が5ナンバーサイズに収まるから取りまわし性も良好だ。

ホンダらしさ、というべきか工夫が詰め込まれていたストリーム。ステップワゴンまではいらないけれど、という消費者にとって「ちょうどよさ」があった

 そして背の低いミニバンだから、3列目のシートは全高が1800mmを超えるステップワゴンなどに比べて窮屈だが、大人6名の乗車を一応は可能にした。

 3列目を畳むと荷物も積みやすく、ミニバンと呼んで支障のない機能を備えた。

 2006年には2代目にフルモデルチェンジしている。ホンダの低床設計技術を活用して床を低く抑え、2WDの全高を1545mmとした。

 3列シートのミニバンでありながら、立体駐車場を利用できる。1/2列目のシートは頭上と足元の空間が広く、3列目も床を平らに仕上げて、狭い空間ながら快適に乗車できるように配慮した。

 ところがストリームの後継として発売されたジェイドは、中国などの海外市場も視野に入れた3ナンバー車で、空間効率が大幅に悪化した。

 3列目は頭上と足元が5ナンバー車のストリームよりも窮屈で、大人の6名乗車は難しい。

走りもよくRSは2列シートになったジェイド。とはいえ「クルマ好きの指名買い」が基本のようで、ディーラーなどで積極的に勧めてくれない存在だ

 2列目シートも座面の奥行が1列目に比べて55mm短く、大腿部のサポート性が悪い。結局、満足に座れるのは1列目だけで、人気を低迷させた。

 ジェイドは2018年のマイナーチェンジで、3列目を取り去って2列目の座り心地を向上させた5人乗りの2列仕様を加えた。この居住性は快適だが、遅きに失した印象が強く、売れ行きは依然として低迷している。

【三菱コルト → ミラージュ】

 コルトはもともと三菱の主力乗用車だ。1960年に三菱500が発売され、その後継となるコルト600が1962年に登場した。

 さらにコルト800、コルト1000、1969年にはヒット作となったコルトギャランに至る。この後はギャランが主力車種になった。

ラリーアートチューニングの「コルト ラリーアート バージョンR」を出すなど精力的に開発された2002年に復活したコルト。この頃は信念があったのだが……

 そして2002年に、コルトがコンパクトカーで復活した。空間効率が優れ、2500mmのホイールベース(前輪と後輪の間隔)によって車内も広い。ATはインパネシフトで、前席にはベンチシートも用意された。

 さらに「カスタマーフリーチョイス」という画期的なシステムも導入した。全車に標準装着される装備以外は、すべて自由に選べるものだ。内装はシンプルで、外観はスポーティとか、その逆も可能だった。

 ただしこの方法では、割安な特別仕様車などを設定できない。特別仕様車は一部のオプション以外、装備の選択肢を抑えることで、価格を割安にしているからだ。

コンパクトで燃費はいいがかつての「ミラージュ」を知る層からはガッカリしてしまうモデルだった

 その結果、カスタマーフリーチョイスは定着しなかったが(本来なら価格の高いパジェロやデリカD:5で始めるべきだった)、コルトは意欲的な商品であった。

 これが2012年に発売されたミラージュになると、ボディが小さくなった以上に後席が狭く、内装の質も下がって乗り心地は硬くなった。燃費だけに特化された平凡なコンパクトカーになってしまった。

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スクープ! 2020年の大物新車たち|Boosterpackdepot 2月10日号

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